5/31/2013

ポーランドフェスティバル in 高岡



Poland on the other side of the island:
Polish festival in Takaoka


DCECガヴァネスのFabiが、高岡で行われたポーランド祭りに行ってきたとのことで、今回はその報告を掲載させていただきます。

ポーランドについて、何かを学んでください。







4月30日から5月1日にかけて、富山県の港町高岡でポーランド祭りが開かれました。
以前同じようなポーランドを宣伝するイベントが東京で開催されましたが、今年は、ポーランドと高岡市、そして高岡商工会との強い絆で、本州の反対側で開催されることになったのです。
富山はその豊富な水力発電量により日本海側の産業をリードする県です。
「今までのところ、ポーランドと日本の文化交流は主に各国の都市レベルによるものですが、2010年以降離れた地域の企業へと広げる努力をしてきました。そこで今年は今年の開催地にしたのです。」このフェスティバルの主催者で在日本ポーランド商工会議所会頭のPiotr Suszyckiさんは明かしてくれました。

2012年9月23日に日本最初のポーランドハウスがポーランド大使のCyryl Kozaczewskiさんによって開設されました。この施設は、ポーランドと日本の経済協力や文化交流、そして観光交流を強化する目的のものです。そして次のポーランドハウスが今年の3月17日に沖縄の浦添市にオープンしました。

フェスティバルは、在日本ポーランド大使館のスタッフが情報を集め、宣伝をし、ポーランドの伝統的陶器の鍋"Boleslawiec"やオポラ市の手描きの陶板、ポーリッシュハイランドのお土産などの屋台を運営するなどの支援の元、ポーランド貿易・投資振興省が協賛されていました。

他にも琥珀や‘Farbotki’と呼ばれる民族バッグの屋台もありました。高岡の人たちはポーランドビール"Zamkowe"とポーランドのNamysłów cityの醸造所でつくられた4つの風味のビールを味わうことができました。ただひとつ残念だったのはそのお天気。それでも、幸い、肉とザワークラウトを煮込んだ典型的ポーランド料理の猟師のシチュービゴスやフライド・クラクフソーセージと発酵したライ麦粉で作る伝統的スープ(ちょっと日本の味噌汁に似ている)ジュレクなどで温まることもできました。デザートには、クロフキという美味しいポーランドファッジをどうぞ。

でもやっぱり一番のみんなの目を引いたのはポーランド女性でしょう。ポーランド大使の婦人はチェシンのシュレジエン地方の民族服を着ており、その洗練された優雅さを見ることは大きな喜びとなりました。大使閣下の若い娘たちはザコパネ市とクラクフ市の伝統的な衣装を着ていて、「日本の多摩ポーランド系人公開討論会」のハンナ・カザハリはロビツキコスチュームの先天的な優雅さ賞を贈られました。マゾフシェ地域の伝統的な衣服で、最も美しく、ポーランドを代表する衣服と考えられています。芸術的な部分に関しては、非営利組織「クロールアーティスト&デザイナーの隠れ家」のアンナさんとカワカミマサヒロさんが東京から持ってきたものがアートギャラリーを代表する作品でした。

「クロール」の設立者はポーランドのポスターの個人コレクションを開設しました。フランシスカ・スタスキーとStasys Eidrigeviciusの有名な作品はポーランドの画家のカリナ・ヤンツェヴィチ・オオタによって描かれた油絵のコレクションと、有能な若い写真家のヨネカワケイタロウの作品です。

「心からの歌」は2004年から日本で活動している魅力的なポーランドの歌手のShata QSによって歌われました。

ポーランドのフェスティバルは日本の高岡市で400年にわたって年1回開催されている伝統的な未車山祭りと並行して催されました。
高岡市の市民を除くと未車山祭りは隣合った県の市長やポーランドの大使閣下も特別に招待されました。「私にとってはこれが日本での初めての祭りで、日本人はいかにして彼らの地域の休日を祝うのか、そして日本の小さな地域の文化や歴史はどのようなものなのかとても見たかったのです。そして今は素晴らしい機会です。高岡市にはポーランドの家や協調的な環境があります。日本人が彼らの重要なイベントをいかに祝うのか、我々が国として日本に提供したことをどのように感じたのか一度に見る事ができました。」とツィリル・コザチェフスキ大使閣下は言いました。